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ハーブの先駆者A.Vogelは、なぜ100年経っても『新鮮さ』にこだわり続けるのか

5 時間前
読了時間: 10分
スイス 自然療法

「もしアルフレッド・フォーゲルがいま生きていたら、インフルエンサーになっていたと思います。SNSで自分の考えを熱心に発信していたかもしれませんね」


そう語って微笑むのは、スイスの自然療法ブランド A.Vogel を率いる CEO、Andy Suter(アンデ ィ・スーター)氏だ。


11929年、アルフレッド・フォーゲルは自ら月刊誌を創刊した。その後も数多くの本を執筆し、スイス各地で講演を行った。自然と健康について学んだことを人々に伝えることに、生涯の多くを費やしたのである。


薬用植物を研究することと、そこで得た知識を広く伝えること。そのどちらにも、フォーゲルは同じように情熱を注いだ。


もし現代に生きていたなら、世界各地の人々に自らの考えを届け、交流するために、SNSを活用していたかもしれない。知識を伝える手段は時代とともに変わっても、その根底にある信念は変わらない。


1923年、スイスのバーゼルに開いた小さな自然食品店から始まったA.Vogelは、いまや100年を超える歴史を持つ。世代を超えて受け継がれてきたものは何か。

今日のA.Vogelを支える考え方を知るために、創業者の生涯と、彼が立ち上げた会社の歩みをたどる。



20歳でまいた、百年の種

スイス 自然療法

1923年1月1日。スイス、バーゼル。


わずか20歳だったアルフレッド・フォーゲルは、バーゼルのユラ通り1番地に小さな自然食品店を開いた。


1902年、バーゼル近郊のエッシュに生まれたフォーゲルは、幼い頃から薬用植物に親しんでいた。両親や祖父母から教わったことをきっかけに、自然と人の健康のつながりに関心を持ち、その関心は生涯続いた。


彼が育った土地では、植物の知識とその使い方が暮らしに根づき、家族や地域の人々の間で世代から世代へと受け継がれていた。


季節の移ろいに合わせて植物を摘み、健やかに暮らすために、食事や日々の習慣に取り入れる。自然は、暮らしのすぐそばにあり、日常に欠かせないものだった。

やがて、フォーゲルの関心は植物そのものから、暮らし全体へと広がっていった。


より健やかに生きるには、何を食べ、どう暮らせばよいのか。


食事、生活習慣、人の体、そして自然環境。フォーゲルは、そのすべてが互いに関わり合っていると考えた。この視点は、のちにA.Vogelの理念の柱の一つとなる。


20歳の若者が開いた小さな店が、100年を超えて受け継がれる理念の出発点となった。



自然こそ、最良の師だった

アルフレッド・フォーゲルは、生涯を通じて自然から学び続けた。その考え方をよく表す言葉がある。


「自然は、私がいちばん好きな大学だった」


自然を観察し、その営みを理解し、薬用植物の可能性を探る。フォーゲルにとって、それが生涯をかけて知識を深める道だった。自然は知恵の源であり、研究の土台でもあった。


1930年代に入ると、フォーゲルは活動の拠点を少しずつスイス東部のアッペンツェル地方へ移していった。1935年には、採れたての植物から抽出液をつくるため、ビオフォース研究所を設立した。その2年後の1937年、家族とともに、アッペンツェルの自然に囲まれた村、テーフェンへ移り住んだ。


ここでフォーゲルは薬用植物を育て、植物を使った製剤を開発し、健康や自然に沿った暮らしについて数多くの文章を執筆した。

その取り組みの中心には、のちにA.Vogelのものづくりを支えることになる信念があった。


植物は、新鮮なうちに使うこと。


フォーゲルは、乾燥させた薬草も使いながら、植物がもともと持つ成分をできる限り保つため、収穫後すみやかに加工する方法を追求した。

ただし、天然由来であることだけで、製品の安全性や、その製品が後世に受け継がれることまで保証されるわけではない。植物由来の原料を医薬品に用いるには、厳格な品質管理と科学的な評価が欠かせない。


今日のA.Vogelも、創業者が大切にした新鮮な植物へのこだわりを受け継いでいる。その考え方に科学的な研究と厳格な品質基準を組み合わせ、製品を開発している。


※テーフェンはスイス東部のアッペンツェル・アウサーローデン州に、ロッグヴィルはトゥールガウ州に位置する。



すべてを変えた、種の贈り物


アルフレッド・フォーゲルの好奇心は、スイスの国境をはるかに越えていった。


各地を旅し、異なる文化に受け継がれてきた植物の知識を探り、自然と深く結びついた暮らしを営む人々から学んだ。


その旅のなかに、A.Vogelの歴史にとって大きな意味を持つ出会いがあった。

1953年、アメリカのサウスダコタ州で、フォーゲルはオグララ・ラコタのベン・ブラック・エルクと出会った。


A.Vogelの公式資料によると、二人は薬用植物について互いの知識を語り合い、ブラック・エルクはフォーゲルにエキナセアの種を贈った。


北米原産のエキナセアは、紫色の花が特徴である。北米の先住民族の間では、健康を支えるための習慣などに、古くから用いられてきた植物だ。

フォーゲルはその種をスイスへ持ち帰り、大切に育てながら、さらに研究を重ねた。1955年には、エキナセアを原料とする植物性医薬品「Echinaforce(エキナフォース)」を発売した。


エキナフォースは、いまもA.Vogelを代表する製品の一つである。その誕生には、創業者の探究心と、異なる文化のなかで世代を超えて受け継がれてきた植物の知識との出会いがあった。


自然から学ぶこと。人から学ぶこと。そのどちらも、フォーゲルが生涯を通じて知識を深めるうえで欠かせなかった。



100年先を行く、知識の伝え方

薬用植物の研究や製品の開発と並行して、アルフレッド・フォーゲルは、自らが学んだことを人々に伝えることにも生涯の多くを費やした。


1929年、健康をテーマにした月刊誌『Das Neue Leben』を創刊。その後も数多くの本を執筆し、スイス各地で講演を行い、自然療法や栄養、健やかな暮らしについての知識を伝えた。


代表作の一つ『The Nature Doctor』は、健康に関する実践的な知識を家庭に届け、読者が日々の暮らしのなかで、知識に基づいた選択をするきっかけをつくった。

インターネットを通じて誰もが世界に発信できるようになる、ずっと前の時代である。フォーゲルは本や雑誌、公開講演を通じて、彼の経験から学びたいと願う人々と直接つながっていた。


A.VogelのCEO、アンディ・スーター氏によると、フォーゲルの講演には多くの聴衆が集まり、大きな会場が満席になることもあったという。


記事の冒頭でスーター氏が語った「現代ならインフルエンサーになっていただろう」という言葉は、 単なる冗談ではない。笑顔で口にした言葉だが、フォーゲルが実際にしてきたことを振り返ると、そのたとえはよく当てはまる。


フォーゲルが目指したのは、自然療法の知識を専門家の外へ届けることだった。専門的な知識を、誰もが日々の生活に取り入れられる形で伝えたのである。

A.Vogelはいまもこの伝統を受け継ぎ、研究や製造に加えて、健康に関する情報や学びの機会を提供している。


世代を超えて受け継がれてきたのは、薬用植物についての専門知識、そして自然から学び、その知識を人と分かち合うことを大切にする姿勢である。



小さな店から、国際企業へ

1963年、アルフレッド・フォーゲルは、スイスのトゥールガウ州ロッグヴィルにビオフォースAGを設立した。


製品への需要が高まるにつれ、個人で営んでいた事業には、組織として製造を担う体制が必要になった。薬用植物の栽培、原料の加工、製品の製造、そして品質基準の維持。設備を整えるとともに、専門知識を持つ人々が日々の仕事を担うことが、事業を支えるうえで欠かせなくなった。


アルフレッド・フォーゲルは1996年、93歳で亡くなった。彼が築いた事業は、その後も発展を続けた。


2020年、ビオフォースAGは、創業者の名を冠したブランドと社名をそろえ、A.Vogel AGへと改称した。


今日、A.Vogelはスイスと世界各地で、植物性医薬品や健康関連製品を展開している。若い起業家が始めた小さな事業は、その仕事を引き継いだ何世代もの人々に支えられ、国際的な企業へと成長した。



いまも続く、新鮮な植物へのこだわり

創業から100年以上を経た今日、A.Vogelの製品はどのようにつくられているのか。


2026年10月、EFLは製造の工程を知るため、スイス・ロッグヴィルにあるA.Vogelの製造施設を訪ねた。


印象に残ったのは、近代的な製造現場でも、人の技術と経験が大きな役割を担っていたことだ。熟練した技術者が設備を操作し、稼働の様子を見ながら工程を管理していた。

A.Vogelのものづくりの中心には、創業者が掲げた原則がいまもある。植物は、収穫後できるだけ新鮮なうちに加工することだ。


植物原料は、自社栽培と、栽培を委託する生産者を通じて調達している。収穫から加工、製造、品質管理まで、一つひとつの工程を通じて、天然の植物原料から一定の品質を備えた製品をつくり上げる。

均一になるようにつくられた工業材料に比べ、植物にはばらつきがある。栽培条件や季節の変化、収穫する時期によって、植物の性質は変わりうる。こうしたばらつきがあるからこそ、栽培と加工の専門知識に加え、分析試験や品質管理が重要になる。


植物由来の原料から、品質の安定した製品をつくるには、自然の性質を尊重することと、厳格な科学的基準を守ることの両方が欠かせない。


アルフレッド・フォーゲルが自ら薬用植物を観察し、育て、加工していた頃から、製造技術は大きく進歩した。それでも、収穫したばかりの植物を使うという基本の考え方は、いまも受け継がれている。


ロッグヴィルの製造施設では、創業者が大切にした原則が、現代の技術と、それを現場で生かす人々の専門知識によって支えられていた。



100 年の歴史を、次の時代へつなぐ

スイス現地からのレポート スイス ハーブ園

「この会社があること。ここで人が働けること。私たちがこの仕事で生計を立て、家族を養えること。そのすべてが、一人の人から始まったのです」


A.VogelのCEO、アンディ・スーター氏の言葉からは、会社の原点への深い敬意が伝わってくる。


会社が成長し、世代が移るにつれて、創業者を直接知る人は少なくなる。それでも、何に心を動かされ、何を信じ、なぜ事業を起こしたのかを知ることには、いまも変わらぬ意味がある。創業者が残すものには、製品や技術に加えて、会社が存在する理由や、社会にどんな価値を届けたいのかという思いもある。その原点を理解することは、次の世代が事業を引き継いでいくために欠かせない。


スーター氏が見据えているのは、事業の成長の先にあるものだ。A.Vogelが独立した企業であり続けながら、アルフレッド・フォーゲルが始めた仕事を、世界のさらに多くの国の人々に届けていくことである。


「そして、あと100年経っても、この会社が存続していてほしいと思います」


現在、A.Vogelは独立した企業であり、株式の過半数をアルフレッド・フォーゲル財団が保有している。


独立性を保つことで、会社は自ら進む方向を決め、長期的な視点で研究開発を進め、経営上の判断を下すことができる。


同時に、世代を超えて事業を続けるには、変化する状況に適応し、その時代の求めに応じた判断を下す力も必要となる。伝統を守りながら、変わり続ける。その両方を引き受けることが、長い歴史を持つ会社を次の時代へ導く責任である。



植物の力を信じる、変わらぬ姿勢

A.Vogelの創業から100年以上が過ぎ、社会も技術も大きく変わった。


人と人が情報を伝え合う方法、科学研究、製造工程、そして人々の暮らし方。現代の生活は、あらゆる面で変化してきた。近年では、デジタル化や人工知能の進歩が、ビジネスの環境をさらに速いペースで変えている。


便利さや効率がますます重視されるなかでも、自然をじかに感じることの価値は薄れていない。


植物の香り。


手で触れたときの感触。


季節の移ろいを知らせる、かすかな変化。


技術がどれほど進歩し、デジタルで多くの情報が手に入るようになっても、こうした体験を完全に置き換えることはできない。自然に根ざした仕事をする企業が、いまも自然とのつながりを大切にする。その姿勢には、過去への愛着とともに、創業時の原則が表れている。



根は残り、物語は続く

約100年前、アルフレッド・フォーゲルは満員の講演会場に立ち、耳を傾ける人々に、自らが学んだことと信じてきたことを伝えていた。


公開講演からSNSへ、そして新しいデジタル技術へ。人に伝える手段は時代とともに変わってきた。それでも、人と自然のつながりを深く尊重するという彼の思想は、いまも意味を持ち続けている。


1923年に一人の若い起業家がまいた種は、創業時の理念に根を張り、次の100年へ向けて、静かに、着実に育ち続けている。



著者について

ボロミエ利美|Limi Bolomier

Eat Well · Feel Well · Live Well 創設者・編集長

スイスを拠点に、日英バイリンガルメディア「Eat Well · Feel Well · Live Well(EFL)」を運営。ホテルやレストラン、食、旅、アート、ウェルビーイングを取材し、現地での体験や作り手との対話を通じて、訪れる価値や、その背景にある思いを伝えています。飲食の現場経験とデジタルマーケティングの知見を生かし、食の魅力を多角的に発信しています。美容食マイスター。アロマセラピーやハーブを学んだ経験を生かしたレシピも発信。『セラピスト』『nina’s』への寄稿歴あり。


日々の暮らしの中で、心が豊かになるきっかけを届けています。

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