setlogとは?なぜ今、2秒の日常を残すのか
- 編集部

- 7月14日
- 読了時間: 4分
著者:Eat Well · Feel Well · Live Well 編集部

旅行に出かけた日、誕生日を祝った夜、久しぶりに友人と会った時間。
特別な出来事があった日は、自然とスマートフォンを取り出す人がほとんどの今日この頃。
しかし、毎朝見ている窓の景色や、何げなく食べた昼食、いつもの帰り道は、ほとんど記録に残らない。
大切ではないからではなく、あまりにも日常だからだ。
そんな「何でもない一日」を、短い動画で残すアプリが若い世代の間で広がっている。その名は、setlog(セットログ)。
setlogとは
setlogは、友人と一緒に日常を記録できるVlogアプリ。
基本となるのは、1時間ごとに約2秒の動画を撮ること。撮影した短い映像は一日の終わりにまとめられ、長い動画を撮影したり、自分で編集したりしなくても、その日の記録が出来上がる。
日本語にも対応しており、AppleのApp StoreとGoogle Playで配信されている。2026年6月に発表された女子高校生のトレンド調査でも、「今流行っているもの」として名前が挙がっった、これからまだまだ利用者が増加するアプリの一つである。
一見すると、新しい動画アプリの一つに見えるが、setlogが記録しているのは、映える場所や特別なイベントだけではない。
机の上、移動中の景色、誰かと食べたもの、夕方の空。普段なら撮らずに通り過ぎてしまう、小さな時間なのだ。
なぜ「2秒」なのか
2秒では、詳しい説明はできないと思う人も多いだろう。
きれいなストーリーを作ることも、自分を十分に演出することも難しい。
けれども、短いからこそ撮れる。
長い動画を撮ろうとすると、私たちは無意識に「残す価値のある場面」を探してしまう。面白い出来事がない、部屋が片付いていない、今日は特に何もしていない。そう考えて、撮影をやめてしまうこともある。
2秒なら、何も起きていなくても構わない。
コーヒーを入れている手元や、電車を待っている時間さえ、一日の一部になってしまうから。
setlogの面白さは、動画が短いことよりも、記録するほどではないと思っていた時間まで記録に入ってくることにある。
完成されたVlogとは反対の記録がsetlog
これまでVlogといえば、撮影した映像を選び、音楽を加え、見やすく編集したものが一般的だった。
一日の出来事をそのまま残すというより、見せたい一日を作品にするもの。
一方、setlogでは、短い映像を繰り返し撮ることで、その日の断片がつながっていくのである。完成度よりも、その場にいたこと自体が中心になるからだ。
これは、SNSを「自分をよく見せる場所」として使うのではなく、親しい人と日常を見せ合う場所として使う動きとも重なる。
海外でもsetlogは、友人同士で短い映像を共有し、一日のVlogを作るアプリとして注目されてきた。2026年春以降、韓国や香港、日本などで利用が広がり、5月には200万件を超えるダウンロードを記録したと報じられている。
特別な日は、意外と忘れない
旅行や記念日の写真は、あとから何度も見返す。
アルバムの中にも残り、誰かとの会話にも登場するため、記憶から消えにくいものだから。
ところが、いつもの食卓や、家族が同じ部屋にいた夕方、毎日通った道の景色は、生活が変わってから初めて、その大切さに気づくことがある。
もう同じ家には住んでいない。
いつもの店が閉店してしまった。
毎日会っていた人と、会わなくなった。
そのとき思い出したくなるのは、必ずしも特別な日のことではない。何を話したかも覚えていないような、普通の一日だったりもする。
けれども、普通の一日ほど写真には残っていない。
記録する価値は、あとから生まれる
私たちは通常、「大切だから記録する」と考えるのではないだろうか。
しかし実際には、記録しておいたことで、あとから大切だったと気づくこともある。
今日の昼食も、窓から見えた空も、今は特別なものではない。それでも数年後には、その映像から当時の部屋の空気や、隣にいた人の声まで思い出すだろう。
setlogが若い世代に受け入れられている理由を、単なる短い動画の流行だけで説明することは難しい。
もしかすると、残そうと構えなくても、毎日を少しずつ記録できることが、新鮮に映っているのかもしれない。
特別な出来事だけが、その人の人生を作っているわけではない。
むしろ人生の大部分を占めているのは、写真を撮ろうとも思わなかった、何でもない時間。
2秒の動画が集めているのは、一日のハイライトではなく、いつか思い出したくなるかもしれない日常である。
Editor’s Note
setlogという新しいアプリを入り口に、私たちが何を記録し、何を残さずにいるのかを考えてみました。
特別な日は、意識しなくても記録に残ります。
けれど、いつもの部屋や食卓、何げない会話は、暮らしが変わるとともに消えていきます。
数秒の映像が残しているのは、出来事ではなく、そのとき流れていた時間なのかもしれません。




コメント