ガストロノミーツーリズムとは?いま「食」が旅の目的になる理由
著者:Eat Well · Feel Well · Live Well 編集部

旅先を決めるとき、何を基準にしていますか。
美しい風景や歴史的な建築物、ホテル、気候。そこに近年、「その土地で何を食べられるか」という視点が加わっています。
名物料理を一度食べるだけではありません。
市場を歩き、農園やワイナリーを訪ね、生産者の話を聞く。料理に使われる食材がどこで育ち、なぜその土地で食べ継がれてきたのかを知る。
食を入り口に、その地域の暮らしや文化を体験する旅が、ガストロノミーツーリズムです。
食事が、旅の「ついで」ではなくなった
これまでの旅行では、観光名所を巡る予定を先に決め、その間に現地の料理を楽しむという旅程が一般的でした。
ところが現在は、
「この料理を食べるために、その町へ行く」
「このワイナリーを訪れるために、旅程を組む」
というように、食の体験そのものが目的地を選ぶ理由になりつつあります。
European Travel Commissionが2026年に発表した調査では、ヨーロッパを訪れる長距離旅行者が予定している活動のうち、文化や歴史に続いて、ガストロノミーが主要な項目に挙げられています。また、旅行中の予算では、食事と飲み物が最大の支出項目となっています。
旅行者が予算に余裕を持つようになったからではありません。
同じ調査では、物価や時間の制約から長距離旅行に慎重になる人が増えていることも示されています。それでも食への支出は優先されているのです。
何にでもお金を使うのではなく、旅の記憶に残る体験を選ぶ。その対象のひとつが、土地の食文化なのかもしれません。
ガストロノミーツーリズムとは
ガストロノミーツーリズムは、単に有名なレストランを巡る旅ではありません。
UN Tourismは、ガストロノミーを食だけのものではなく、その土地の文化、伝統、遺産、そして人々の共同体を映すものと位置づけています。食と観光を結びつけることは、地域文化の継承や、地元の経済活動にもつながると考えられています。
具体的には、次のような体験が含まれます。
地元の市場や朝市を歩く
農園、牧場、漁港を訪ねる
ワイナリーや醸造所を見学する
チーズ工房やパン工房を訪れる
地域の料理教室に参加する
収穫祭やフードフェスティバルを体験する
生産者や料理人から食材の背景を聞く
その土地で受け継がれてきた家庭料理を味わう
高級料理を食べることだけが、ガストロノミーツーリズムではありません。
小さな市場で旬の野菜を買うことも、村の食堂で地元の人が日常的に食べている料理を注文することも、その土地の食文化に触れる旅になります。
なぜ今、食を目的にした旅が注目されているのか

土地に根差した体験が求められている
有名な観光地やレストランの情報は、旅行に出なくても画面上で簡単に見られるようになりました。
その一方で、実際の旅では、そこでしか得られない体験がより重視されるようになっています。
European Travel Commissionが3,000人の旅行者を対象に行った調査では、地域の文化、食、伝統に触れることや、地元で経営されている宿泊施設や事業者を選ぶことへの関心が前年より高まりました。観光客の少ない場所や、地域の日常に近い体験を選ぶ傾向も伸びています。
どこでも同じような料理を食べるのではなく、その地域で生まれた味を知る。
それは、旅先を表面的に見るだけではなく、その土地の内側へ一歩入る方法でもあります。
スロートラベルと相性がよい
ガストロノミーツーリズムでは、短時間で多くの観光名所を回ることよりも、ひとつの場所に滞在しながら食文化を味わうことが大切になります。
市場が開かれる朝を待ち、農園を訪ね、時間をかけて食事をする。食材が育つ風景を見てから、その食材を使った料理を味わう。自然に、旅の速度はゆっくりに。
2026年にヨーロッパへの旅行を検討している長距離旅行者のうち、スロートラベルに関心を持つ人の割合は、2025年の22%から26%へ増えました。
また、2026年春夏のヨーロッパ旅行では、複数の国を急いで巡る旅が減る一方、ひとつの国の中で複数の町を訪ね、より深く探索しようとする動きが見られます。
食を中心に旅程を組むことは、目的地の数を増やす旅から、ひとつの土地を深く知る旅への変化とも重なっています。
この調査の「ヨーロッパで体験したい旅行活動」という設問で、Slow travel(スロートラベル)を選んだ割合が2026年は26%でした。前年調査より4ポイント増なので、2025年は22%だった、という比較です。
地域の文化や産業を支えられる
地元の市場や個人経営のレストラン、生産者を訪れることは、旅行者が使うお金を地域へ直接届けることにもつながります。
農家、漁師、畜産農家、料理人、食品加工業者、宿泊施設など、ひとつの料理の背景には多くの人の仕事があります。
UN Tourismは、ガストロノミーツーリズムには、地域の商品や文化と結びつきながら、雇用の創出、起業、地域社会の発展を促す可能性があるとしています。
ただし、観光客が増えれば、必ず地域に良い影響が生まれるわけではありません。
旅行者が地域外の大規模事業者だけを利用すれば、その土地に残る利益は限られます。ガストロノミーツーリズムを楽しむ際には、誰が作り、誰が提供しているものなのかを見ることも大切。
料理を通して、風景の意味が見えてくる
ガストロノミーツーリズムの魅力は、料理と風景を切り離さずに体験できることです。
たとえば、フランス南部のカマルグ。
ローヌ川のデルタ地帯に広がる湿地、塩田、田園、地中海。この独特な自然環境に合わせて、米作りや製塩、牛や馬の飼育などが営まれてきました。
カマルグ米、フルール・ド・セルと呼ばれる塩、牛肉、地中海の魚介類、オリーブオイルやハーブ。地域の料理には、その土地の水、土、気候、人々の仕事が表れています。
レストランで一皿を食べるだけでも、料理のおいしさは感じられます。
しかし、塩田や水田の風景を見て、生産者の仕事を知った後に同じ料理を味わえば、その一皿の見え方は変わります。
なぜ、この土地では米が作られているのか。
なぜ、この料理には塩や牛肉が使われているのか。
食材の背景を知ることで、食事は単なる消費ではなく、土地を理解する体験になります。
ガストロノミーツーリズムを楽しむために
ガストロノミーツーリズムには、決められた旅行方法があるわけではありません。
まずは旅先を選ぶときに、有名な観光地だけでなく、その地域で作られているものを調べてみることから始められます。
旬の食材、市場が開かれる曜日、収穫の時期、地域の祭りなどを確認すると、旅の見え方が変わります。
旅程を有名店だけで埋めないことも大切。
市場、農園、ワイナリー、小さな食堂などを組み合わせ、予定を詰め込みすぎず、その場で見つけた店に入れる余白を残します。
また、「現地で売られているもの」が、必ずしも「現地で作られたもの」とは限りません。
食材の産地や作り手を確認し、できる範囲で地域の生産者や個人経営の店を選ぶことが、その土地の文化や仕事を支えることにつながります。
食は、その土地を知る入り口になる
ガストロノミーツーリズムは、美食家だけの特別な旅ではありません。
市場で食材を眺めること。
土地の料理を味わうこと。
生産者や料理人の話を聞くこと。
その一つひとつが、地域の歴史や暮らしを知るきっかけになります。
どれだけ多くの観光名所を訪れたかではなく、その土地をどれだけ深く味わえたか。
食が旅の目的になり始めている背景には、旅先を消費するのではなく、その場所とより丁寧に関わりたいという、旅行者の価値観の変化があるのかもしれません。
Editor’s Note
旅先で何を食べるかは、以前から旅の楽しみのひとつでした。けれど今は、食事を旅の予定に加えるのではなく、その土地の食文化そのものを目的に旅をする人が増えています。
市場を歩き、生産者の話を聞き、その地域で受け継がれてきた料理を味わう。そこには、観光名所を見るだけではわからない、土地の暮らしや歴史があります。
この記事では、ガストロノミーツーリズムが注目されている背景を、スロートラベルや地域体験の広がりとともに紹介します。




