Museum Rietbergで過ごす、静かな午後
- ボロミエ 利美

- 2 日前
- 読了時間: 7分

チューリッヒの緑豊かな一角にあるMuseum Rietbergは、アジア、アフリカ、アメリカ、オセアニアの伝統文化や現代文化を扱う「World Art」の美術館です。
展覧会に加えて、館内ではさまざまなプログラムも開催されています。トークやガイドツアー、ワークショップなど、訪れるたびに違う角度から作品や文化に触れられるのも魅力のひとつ。近くに住んでいれば、毎週ふらりと立ち寄っても楽しめそうな場所です。

中心となる建物のひとつ、Villa Wesendonckは、19世紀に絹商人Otto Wesendonckと妻Mathildeが暮らした邸宅。文化サロンのような役割も持ち、作曲家Richard Wagnerとも深い関わりがあった場所として知られています。
Museum Rietbergは、ただ「美しいものを見る場所」ではありません。
19世紀ヨーロッパの富裕層文化、芸術家たちの交流、世界への憧れ、植民地時代の影響、個人コレクション、市民による公共文化、そして現代のプロヴェナンス研究まで。複数の歴史が、建物や展示の中に静かにつながっています。
美術館は1952年、チューリッヒ市によって設立されました。核となったのは、Baron Eduard von der Heydtによる非ヨーロッパ美術のコレクション。Villa Wesendonck周辺を市が購入し、市民投票を経て美術館として整備された背景があります。
Japan de luxe

現在開催されている展示のひとつが、日本の摺物を紹介する「Japan de luxe」です。
摺物とは、18世紀後半から19世紀半ばにかけて制作された、特別注文による高品質な多色木版画のこと。一般に広く流通する浮世絵とは異なり、私的な集まりや贈り物のために少部数で作られたものが多く、紙、色、摺り、構図の細部にまで繊細な美意識が込められています。
展示では、Gisela MüllerとErich Grossから寄贈された作品を中心に、100点以上の摺物が紹介されています。中には今回初めて一般公開される作品も含まれており、日本の小さな紙面に凝縮された美意識を、チューリッヒの静かな美術館でじっくり味わうことができます。
実際に展示室で向き合うと、摺物の魅力は「華やかさ」だけではありません。控えめな色合い、余白の取り方、詩や季節感との結びつき。そのひとつひとつに、当時の人々がどのように美を楽しみ、贈り、共有していたのかが感じられます。
小学校で習った日本史の記憶が、展示を見る小さな手がかりになりました。源頼朝の名を目にした瞬間、遠い昔の日本と、いま自分がいるチューリッヒの美術館が、静かにつながったように感じました。
Fast ein Paradies

画像提供: Museum Rietberg, Zurich
もうひとつ印象に残った展示が、「Fast ein Paradies」です。
この展覧会では、植民地時代に撮影された写真や歴史的なイメージを、現代のアーティストたちが新たな視点から読み直しています。そこにあるのは、単に過去の写真を並べる展示ではありません。写真に写された人々、写した側のまなざし、そして後の時代を生きる私たちが、それをどのように受け取るのか。その関係性そのものを問い直すような内容でした。
写真は、一見すると「記録」のように見えます。けれど、誰が撮ったのか、何を写し、何を写さなかったのかによって、そこに残る歴史の形は大きく変わります。美しく見える風景や人物像の背後にも、権力、支配、憧れ、誤解、沈黙が重なっていることがあります。
「Fast ein Paradies」というタイトルも印象的です。楽園のように見えるものが、本当に楽園だったのか。誰にとっての楽園だったのか。展示を歩きながら、その問いが静かに残ります。
この展示が興味深いのは、歴史をひとつの正解として語るのではなく、複数の記憶や視点から見つめ直している点です。現代アーティストたちの作品を通して、過去のイメージは固定されたものではなく、今を生きる私たちのまなざしによって、もう一度読み解かれるものなのだと感じました。
Museum Rietbergという場所でこの展示を見ることにも意味があります。世界各地の文化を扱う美術館だからこそ、美しいものを愛でるだけでなく、その背景にある歴史や、作品がここにある理由にも目を向ける。そんな誠実な姿勢が、この展覧会から伝わってきました。
Villa Wesendonckで感じる、光と静けさ
Villa Wesendonck館内では、大きな窓から差し込む自然光と、落ち着いた展示空間が印象的でした。床に映る光の影まで美しく、歩くスピードが自然とゆっくりになります。
チベット、カンボジア、インドなど、アジア各地の宗教美術や文化財が展示される空間は、作品を「見る」だけでなく、19世紀ヨーロッパの邸宅文化と、アジアの精神文化が重なり合う。Museum Rietbergは、作品だけでなく、建築、光、静けさ、空間そのものが記憶に残る部屋でした。
作品と向き合う合間に、静かに腰を下ろせる椅子が置かれているのも印象的でした。美術館で過ごす時間が、ただ鑑賞するだけでなく、心を整える時間にも感じられます。

窓から入る光もまた、展示の一部
Villa Wesendonckの館内で印象的だったのは、光が強く主張しないことでした。大きな窓から入る自然光は、作品を照らすというより、空間全体を静かに満たしているように感じられます。床に落ちる光の影、壁にやわらかく広がる明るさ、窓の外に見える緑。そのすべてが、展示を見る時間を少しゆっくりしたものに変えていました。
右側の大きな窓から差し込む自然光は、展示室の床へまっすぐに伸び、ヘリンボーンの木床の表情をやわらかく浮かび上がらせています。床はただ足元にあるものではなく、光を受け止めながら、空間全体に静かな動きを与えているように感じられました。
壁の深いグレーも印象的です。展示物を静かに際立たせながら、窓から入る光をやわらかく受け止め、部屋全体に落ち着いた空気をつくっています。白い壁の展示室とはまた違う、少し沈んだような穏やかさがあり、作品と向き合う時間に自然な集中をもたらしてくれます。
さらに心に残ったのが、窓際に沿って置かれたベンチでした。作品と向かい合いながら、同時に外の光も感じられる場所にあるその椅子は、単に休むためのものというより、少し立ち止まり、この空間にしばらく身を置くための場所のように見えます。

そして、奥の部屋へ視線が抜けていく構成も美しく感じられました。一室で完結するのではなく、静けさが次の部屋へとゆるやかに続いていく。その流れに身を任せて歩いていると、展示を「見る」というより、光と建築と作品に包まれるような感覚になります。
美術館で過ごす時間が、ただ知識を得るためのものではなく、日常の中で少し乱れた心を整える時間にもなる。そんなことを静かに思わせてくれる展示室でした。
庭の光とともに味わう、Museum Rietbergのカフェ
展示を巡ったあとは、庭へ抜けるように続くカフェで、ゆっくりランチを楽しむこともできます。
この日選んだのは、チャプチェのグラスヌードルを使ったサラダボウルに、野菜のマンドゥを添えた一皿。器いっぱいに盛られた麺の上には、香ばしく焼かれたマンドゥ、きのこ、グリーンの野菜、スプラウトが彩りよく重なっていました。

もちっとした麺には、やさしい旨味のソースがほどよく絡み、食べ進めても重たくならない味わい。アジアの要素を感じさせながらも、全体は軽やかで、ミュージアムカフェらしい上品なバランスです。
展示室で過ごした静かな時間のあとに、急に日常へ戻るのではなく、庭の光や木漏れ日を眺めながら、少しずつ余韻をほどいていく。テーブルに置かれた Acqua Rietberg のボトルまで美しく見えて、ここでのランチもまた、美術館体験の一部のように感じられました。
他にも、「チキンとカツ + ご飯 + 枝豆 + 卵 + いんげん胡麻和え」や、「そば麺 + さつまいもカツ + アスパラ + ししとう」などもあり、お弁当というよりは、前菜とメインが全て一つの容器に収められているといえます。
展示、建築、庭園、そしてカフェ。
Museum Rietbergは、チューリッヒでアートに触れるだけでなく、少し立ち止まり、自分の感覚を整えたい日に訪れたいミュージアム。街の中心にありながら、入口へ向かうにつれて少しずつ空気が静かに変わっていく。その移動の時間も、Museum Rietbergの体験の一部のように感じられました。
Museum Rietbergへの行き方
Museum Rietberg は、チューリッヒ中心部から公共交通機関でアクセスしやすい場所にあります。
チューリッヒ中央駅(Zürich HB)からは、トラムまたはS-Bahnで約15〜20分ほど。最寄り駅からは、公園の緑の中を少し歩いて美術館へ向かいます。
美術館は広い庭園の中に点在するように建っているため、到着するとまずカフェやショップが見えてきます。展示入口はその奥に続いているので、庭を歩きながら向かう時間も楽しみのひとつです。
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