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なぜコム デ ギャルソンは、「美しくないもの」を美しくしたのか

著者:Eat Well · Feel Well · Live Well 編集部



美しい服とは、身体を整えて見せ、調和の取れた形に仕立てるものなのか。1970年代からコム デ ギャルソンが提示してきた服は、その前提に静かに反発していた。黒、非対称、身体を包む量感、男性服を思わせる仕立て。最初は違和感として受け取られた表現が、やがてファッションに新しい美しさの基準をもたらした。ここでは、約40年にわたる5点の服から、その変化をたどる。



黒だけではなかった、形への反抗

コム デ ギャルソン

1983–84年秋冬の《Gloves, Skirts, Quilted Big Coats》から生まれた青いウールブレンドのアンサンブルは、コム デ ギャルソンを「黒のブランド」という一言では捉えられないことを示している。鮮やかな青のトップには布が斜めに重なり、前面のドレープが柔らかく落ちながら、ウエストでは身体に沿う。チェックのスカートも左右均等には広がらず、布の向きと丈のずれによって複数の輪郭をつくる。


一方、背面は前面より抑制され、同じ服の中に異なる表情が共存している。前から見たときに生まれる複雑さが、後ろへ回ると急に静まるため、着る人の動きによって服の印象まで変化する。装飾を加えて華やかにするのではなく、布を重ね、ずらし、余らせることで形を動かす。


色彩を使っても、その中心にあるのは美しく整えることではなく、服の構造を見慣れないものへ変える試みだった。



一つのブランドから広がった創造性

コム デ ギャルソン

2003年春夏のJunya Watanabe/Comme des Garçonsによるプリントコットンドレスは、ロマンティックなドレスと実用的な装備を一つに重ねている。細かな柄の淡い生地、丸みを帯びた袖、長く広がるスカートだけを見れば、柔らかく親しみやすい服に映る。


しかし胸元と腰にはバックル、太いストラップ、ポケット状の立体が配置され、衣服とバッグの境界が曖昧になっている。それらは後から付けた装飾ではなく、布を寄せ、身体へ固定し、シルエットを変える構造でもある。正面ではストラップが身体を横切り、背面では生地の膨らみを支えるため、機能と見た目を切り分けることができない。コム デ ギャルソンから広がった創造性は、同じ外見を繰り返すことでは受け継がれなかった。


既存の服に別の機能と文脈を衝突させ、まだ名前のない形へ変える姿勢こそが、ブランド内部に共有されたデザイン言語だった。



「花嫁」を解体して、もう一度つくる

コム デ ギャルソン

2005–06年秋冬の《Broken Bride》は、誰もが知る花嫁衣装の記憶を借りながら、その完成されたイメージを崩している。生成りのサテン、レース、フリル、高い襟といった要素は、古いウェディングドレスや礼装を思わせる。そこへ黒い布が大きく重なり、左右で異なる裾、長く垂れる装飾、切り替えの多い袖が、ひと続きの優雅な輪郭を分断する。


正面を見ても、どこまでがジャケットで、どこからがドレスなのかは明快ではなく、複数の時代の服が重なったように見える。視線を移すたびに別の層が現れ、一枚のドレスとして簡単に把握することを拒む。白は純粋さ、黒は喪失という単純な対比ではなく、祝福と不安、完成と崩壊が一着の中で同時に存在している。伝統的な女性性を消すのではなく、よく知られた記号を一度ばらばらにし、別の秩序で組み直す。その結果、壊れているように見える服が、整ったドレスにはない緊張と美しさを獲得している。



黒は、いまも同じ意味ではない

コム デ ギャルソン

2022年の黒いドレスを見ると、コム デ ギャルソンにとって黒が固定された様式ではなく、繰り返し更新される素材であることが分かる。胴体は細く長い輪郭に抑えられ、床へ向かって静かに落ちているが、首元だけが大きく隆起している。何層にも折られた布、透ける素材、花のような穴を持つ部分が集まり、襟と装飾、衣服と彫刻の境界を曖昧にする。近づいて見るほど、同じ黒の中に光沢、透過、影という細かな差が浮かび上がる。顔の周囲を囲む量感は、身体を美しく見せる額縁というより、身体の一部を隠しながら別の輪郭をつくる装置に近い。初期の黒が色彩や装飾を削ぎ落とすことで既成の華やかさに抗ったとすれば、ここでは黒の中に異なる質感と複雑な量感が凝縮されている。同じ色でありながら、抑制と過剰が一着の中で衝突する。


黒をブランドの記号として保存するのではなく、その意味をつくり直し続けることが、コム デ ギャルソンの継続性になっている。



美しくないものを、美しいと思える自由

1970年代の直線的な黒、1983–84年のずれたドレープ、2003年のストラップ、2005年の壊された花嫁、そして2022年の彫刻的な襟。これらの服に、すぐに見分けられる一つのシルエットはない。年代が変わるたびに外見は変化し、過去の成功を安全な型として反復することもない。共通しているのは、整っている、身体を美しく見せる、用途が明確であるという服の約束を、その都度疑ってきたことだ。非対称や穴、余った布、異質な素材の組み合わせは、欠点として隠されず、見る人の感覚を立ち止まらせるために使われる。完成された答えを提示するより、なぜこの形なのか、これは本当に美しくないのかと、服の側から問い返してくる。


違和感は排除されるものではなく、まだ言葉になっていない美しさへの入口になる。コム デ ギャルソンが広げたのは、特定の服の流行ではない。何を美しいと思うかを、すでにある基準ではなく、自分の目で決める自由だった。


画像提供:コム デ ギャルソン

Editor’s Note

ブランドの服を年代順にたどるとき、一般には共通する色や形を探そうとする。しかし今回並べた服は、青いドレープ、身体を横切るストラップ、崩された花嫁衣装、彫刻のような黒い襟と、同じ答えにとどまることを拒んでいる。

一貫していたのは、外見ではなく、服に求められてきた美しさを疑い続ける姿勢だった。美しさとは守られる様式ではなく、見慣れた基準を一度手放し、問い直すことで生まれるものなのかもしれない。


主要参考資料

  • Kerry Taylor Auctions, dot COMME: The Auction press release, 2026.

  • The Metropolitan Museum of Art, Rei Kawakubo/Comme des Garçons: Art of the In-Between, 2017.

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