京都で受け継がれる箔押しの技——五明金箔工芸・五明久
更新日:8月11日
五明金箔工芸・五明久が受け継ぐ、箔押しの世界
著者:Eat Well · Feel Well · Live Well 編集部

風が起これば、ふわりと舞い上がってしまう。
指で直接触れることさえ難しい、薄く繊細な金箔。その一枚を箔箸でそっと持ち上げ、漆や接着材を施した表面へ静かに置いていく。
京都で明治初期から続く五明金箔工芸。その四代目を務める五明久(いつあき・ひさし)さんは、金箔をさまざまな素材へ施す「箔押し師」である。
「金箔は自分に与えられた宝物だ」
かつてテレビ番組の取材で、五明さんはそう語った。
その言葉につながる一つの原点が、五明さんのもとに残る「箔打ち石」だ。
箔打ち石とは、金箔を叩いて薄く伸ばす際に使われていた石のこと。かつて五明さんの工房から歩いて3分ほどの場所には金箔を打つ職人がおり、その職人が金沢へ移る際、仏像の箔押しをしていた五明さんの祖父へ譲ったものだという。

京都に手仕事による縁付け金箔の技術が存在していたことを今に伝える、この一つの石。その存在と、自らの家に受け継がれていることを知ったところから、五明さんと縁付け金箔をめぐる新たな物語は始まった。
現在、その思いは京都の外へも広がり始めている。今秋にはドイツやインドから京都を訪れる人々を迎え、ワークショップなどを行う機会も予定されている。
五明さんが願うのは、日本の手仕事による縁付け金箔が、正しく評価され、その価値が次の時代へと受け継がれていくことだ。
明治から四代続く、京都の金箔工房

五明金箔工芸は、京仏具の金箔加工を中心に技術を受け継いできた工房。
五明さんは京都産業大学を卒業後、1986年に家業へ入った。その後、京都府仏具協同組合の技術コンクールで京都府知事賞などを受賞。2000年には京仏具伝統工芸士となり、京都市が伝統産業の中核を担う技術者を認定する「未来の名匠」にも選ばれている。
箔押しは、単に金箔を貼る作業ではない。
下地となる素材、接着に使う液剤、温度や湿度、そして金箔を貼るタイミング。そのわずかな違いが、仕上がりの色味や光沢、さらには耐久性にも影響する。
職人に求められるのは、金箔を美しく見せる技術だけではない。素材の性質を読み、その日の環境を見極め、完成したときの姿まで想像する。そこには、長年の経験によって培われた感覚と判断が欠かせない。
文化財を支える「縁付金箔」
五明金箔工芸が最も大切にしている素材の一つが、日本の伝統的な製法で作られる「縁付金箔」。
縁付金箔は、加工した手漉き和紙の間に金を挟み、繰り返し打ち延ばして作られます。その厚さは、 およそ一万分の一ミリ。極めて薄く、しなやかで、色艶に優れていることから、伝統工芸作品の制作 や文化財の保存修理に欠かせない素材とされている。
「縁付金箔製造」は国の選定保存技術であり、2020年には、17の伝統技術から構成される「伝統建 築工匠の技」の一つとして、ユネスコ無形文化遺産の認定素材に代表一覧表に記載されている。
一枚の金箔の背景には、金を打つ職人、紙を仕込む職人、そして金箔を対象物へ施す職人が存在 する。
金の輝きは、一人の技術だけで生まれるものではなく、いくつもの専門技術がつながることで、初め て完成するものなのである。
大阪城からティファニーまで

五明さんが手がけてきた仕事は、仏壇や位牌、仏像などの京仏具だけにとどまらない。
大阪城の金箔装飾瓦、京都市役所の市章、祇園祭の鉾頭、日本橋三越本店の天女像、さらにティファニー社のバッグなど、歴史的建造物から現代のラグジュアリーブランドまで、幅広い分野で箔押 しを行ってきている。
なかでも五明さんが長年取り組んできたのが、「京の重押し」と呼ばれる技法。
金箔の輝きを必要以上に強く見せるのではなく、あえて光沢を抑えることで、金本来の深みと重厚感 を引き出すというもの。
金は、強く輝かせればよいとは限らず、金箔自体が深い艶(ツヤ)を放っている。 周囲の色や素材、置かれる空間に合わせて、光を調整する。その感覚には、京都の美意識にも通じ
る静かな抑制が感じらる。
伝統を守るために、伝統の外へ出る
五明さんの仕事で印象的なのは、古い技術をそのまま保存するだけではなく、金箔の新しい可能性 を探り続けていること。
けん玉や麻雀牌、スマートフォンケースをはじめ、黄金のバイオリン、チタン製の耳かき、シガーカッ ターなど、これまで金箔と結びつかなかったものにも箔押しを行っているが、あくまでも、相手側 からの要望で実現したもの。
一見すると意外な組み合わせだと思う人も少なくない。
しかし、伝統工芸を未来へ残すためには、過去の用途だけにとどまらず、現代の暮らしや価値観の 中に、新しい居場所を作らなければならない。
五明金箔工芸の理念は、「素材を最大限に生かし、魅せる」こと。
金箔を目立たせるのではなく、施す対象の魅力を引き出す。この考え方が、京仏具から建築、ファッ ション、プロダクトへと仕事の領域を広げてきたのである。
金箔に触れ、その繊細さを知る
五明金箔工芸では、作品制作だけでなく、一般の人が金箔に触れることのできる箔押し体験も行っ ている。
京都・東山の宿泊施設「天佑」では、五明金箔工芸が手がけた金箔の茶室が設けられ、宿泊者向け の金箔加工体験も用意されている。
映像や写真では、金箔は美しく輝く素材として映る。
けれども、実際に箔箸で持ち上げてみると、その薄さと軽さに驚かされる。わずかな息や空気の動き にも反応し、思いどおりには動いてくれない。
体験を通して見えてくるのは、華やかな完成品の裏側にある、職人の集中力と積み重ねだといえる。
金の輝きの、その先へ
五明久さんの仕事は、文化財や伝統工芸を支えてきた高度な箔押しの技術を受け継ぎながら、金箔 を現代の暮らしやものづくりへとつなぐことでもある。
伝統を守るとは、受け継いだものを同じ形で残し続けることだけではないのだろう。
技術の本質を見失うことなく、その時代にふさわしい表現や新しい用途を探し続けること。そこに、四 代目として歩む五明さんの姿がある。
一万分の一ミリという薄さの中には、金そのものの価値だけでは測ることのできない、職人たちの時 間と知恵が重ねられている。
五明さんの手から生まれる金の光は、華やかさだけを伝えるものではなく、日本のものづくりの記憶 と美意識を、静かに未来へ手渡していく光である。
公式サイト https://www.gomei.ne.jp/
Editor’s Note
金箔は、日本の伝統文化を象徴する素材のひとつです。しかし、その美しさの背景に、どのような技術があり、誰の手によって受け継がれてきたのかを知る機会は、決して多くありません。
五明久さんのお話を伺い、印象に残ったのは、技術そのものだけではなく、その技術を次の世代へつなごうとする強い意志でした。
京都に残る箔打ち石、四代にわたり受け継がれてきた箔押しの技、そして日本の手仕事による縁付け金箔の価値を、国内だけでなく海外へも伝えようとする現在の活動。その一つひとつが、過去の文化を守るだけではなく、伝統をこれからの時代へつなぐ営みなのだと感じます。
良いものは、残そうとする人がいて初めて未来へ受け継がれていきます。
この記事を通して、金箔の輝きの向こう側にある職人の仕事と、日本に受け継がれてきた手仕事の価値に、少しでも触れていただければ幸いです。




