ミシュラン・スイス2026 アンデルマットの夜
更新日:2 日前
アンデルマットで目撃した、新たな3つ星の誕生。料理人たちの情熱と、ミシュランが描く美食の未来。

© MICHELIN
朝早く起きて、長い一日を過ごして、暗くなってから家に帰る。それでも、私はこの仕事を続けたいんです」
ベルンのレストラン「MYLE」を率いるMarkus Arnold氏が、ステージで語った言葉です。
2026年11月2日、スイス・アンデルマット。
アルプスの山々に囲まれたこの町に、スイス各地から料理人やレストラン関係者が集まりました。「MICHELIN Guide Switzerland 2026」の授賞式です。
会場には祝福の拍手が響き、料理人たちが次々とステージに上がっていきます。
今年、スイスのミシュラン星付きレストランは133軒となりました。3つ星が5軒、2つ星が22軒、1つ星が106軒。
なかでも大きな注目を集めたのは、開催地アンデルマットにある「The Japanese Restaurant」が、2つ星から3つ星へと昇格したことでした。
厨房を率いるのは、双子の兄弟Fabio Toffolon氏とDominik Sato氏。レストランが位置するのは、アルプスのラグジュアリーホテル「The Chedi Andermatt」です。
華やかな授賞式の舞台には、料理人たちの情熱と、それを支える人々の物語がありました。

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それでも、厨房に立ち続けたい理由
今年、「Opening of the Year」に輝いたベルンのレストラン「MYLE」。シェフのMarkus Arnold氏は、以前の仕事場を離れ、新たなレストランを開く決断について語りました。
早朝から厨房に立ち、長い一日を過ごし、夜遅く帰宅する。料理人という仕事の厳しさを知りながら、それでも彼は、もう一度この世界で挑戦することを選びました。
さらに興味深いのは、MYLEでは料理人自身が料理をゲストのテーブルへ運ぶという取り組みです。
最初の数週間は緊張していた料理人たちも、次第にゲストとの交流を楽しむようになったといいます。
自分が作った料理を目の前の人が喜んでくれる。その瞬間に立ち会えることが、料理人にとって大きな喜びになるのでしょう。
料理を作る人と味わう人。その距離が近づくことで、食事の時間には新しい価値が生まれます。
星の評価は世界共通。その先にあるスイス美食の変化
授賞式では、ミシュランガイド国際ディレクターのGwendal Poullennec氏が、世界共通の評価基準と、国境を越えて活動する匿名調査員の存在について説明しました。
食材の品質、調理技術、味わいの調和、料理人の個性、そして料理の一貫性。
国や食文化が異なっても、この5つの評価基準は変わりません。
30以上の国籍を持つ調査員たちが国境を越えて活動し、世界中のミシュランの星が同じ価値を持つよう、評価の独立性と一貫性を保っています。
一方、Poullennec氏が語ったスイスの美食文化の変化も印象的でした。
かつて格式張った印象を持たれることもあったスイスの高級レストランは、現在ではより温かく、カジュアルで、リラックスできる場所へと進化しているといいます。
「とても温かくゲストを迎え、以前よりもずっとカジュアルでリラックスした雰囲気になっています。それでいて、質の高い地元食材に深く根ざしているのです」
料理の完成度を追求することと、ゲストが自然体で過ごせること。
高い技術を維持しながら、心地よい時間を提供する。その両立が、現在のスイスのガストロノミーを特徴づけています。
星の向こうにある、ホスピタリティの価値
今年の「MICHELIN Service Award」に選ばれたのは、ツェルマットのレストラン「ad lib」でサービスを担当するNicole Sawyere氏です。
今回新たに1つ星を獲得したad libは、マッターホルンを望むHotel Welschen内にあります。
Sawyere氏は夫のDietmar氏、娘、息子とともにゲストを迎え、温かく細やかな接客と、相手の希望に寄り添うワインの提案が高く評価されました。
授賞式では、Poullennec氏もミシュランガイドが目指す未来について語りました。
現在、ミシュランはレストランの評価だけでなく、ホテルやワインを含む「グローバルなライフスタイルプラットフォーム」へと活動を広げています。
その原点にあるのは、創刊当時から受け継がれる「Dormir, Manger, Boire(泊まること、食べること、飲むこと)」という旅の基本です。
「大きな影響力には、より大きな責任が伴います」
Poullennec氏は、食、ホスピタリティ、ワインの分野で新しい価値を生み出す人々に光を当て、その取り組みを広く伝えていく姿勢を示しました。
1900年、自動車旅行者のための実用的なガイドとして始まったミシュランガイド。
126年を経た現在も、人々が旅先で何を食べ、どこに泊まり、どのような時間を過ごすのかという原点は変わっていません。
その一方で、旅の楽しみ方や、求められるホスピタリティは時代とともに進化しています。
そして今回、その言葉を実際に体感する場所がありました。
授賞式後のレセプション会場となった、The Chedi Andermattです。
The Chedi Andermatt|美食と芸術が交差する夜

まるで、別の時代へタイムスリップしたかのような感覚。
ミシュラン授賞式のアフターパーティが開催されたThe Chedi Andermattには、洗練された空間と、料理や音楽が一体となった華やかな世界が広がっていました。
クロークで上着を預け、会場へ足を踏み入れて間もなく、思わず足を止めたのは、一皿の料理でもシャンパンでもありません。
色鮮やかに並べられた、小さなパンでした。
カヌレを思わせる丸みのある形。赤、黄色、緑、黒と、それぞれ異なる色合いを持つパンが、白い布を敷いたバスケットに美しく並べられています。

1番に目に留まった可愛いパン、提供していたスタッフの方と、しばらくその魅力について話し込んでしまいました。
イチゴを練り込んだもの、バジルとオレンジを組み合わせたもの、サフランを使ったものなど、全部で5種類。ひと口食べると、その柔らかさに驚かされました。
日本のパンとはまた異なる、ふんわりとした食感。素材の風味が口の中に広がり、次はどの色を試そうかと、つい手が伸びてしまいます。
「こんなパンのお店が家の目の前にあったら、毎日通ってしまうだろうな」
そんなことを考えながら、ふと思い出しました。
そういえば、アンデルマットはツークから電車で2時間少々。
決して、気軽に訪れられない距離ではありません。
パンの前に人だかりができ始めた頃、名残惜しくもその場を離れ、いよいよ次の料理へ。

会場には、さまざまな料理が用意されていましたが、その中で思わず二度も手を伸ばしたのが、蒸し餃子のセットでした。
竹の蒸籠に盛り付けられた、透き通るような皮の餃子。刻んだハーブや香ばしい薬味が添えられ、小さな一皿の中にも丁寧な仕事が感じられます。
そして、何より印象に残ったのが、添えられたチリソース。
チリソースには少々うるさい筆者ですが、これには思わず感心してしまいました。
辛味だけが際立つのではなく、料理のおいしさを引き立てる豊かな味わい。個人的には、スイスで出会った中でも特に印象深いチリソースの一つです。
ほかにも、シャンパンや白ワイン、趣向を凝らした料理が次々と振る舞われていました。
料理人たちは一定のリズムを保ちながら料理を仕上げ、スタッフは自然な動きでゲストを迎えています。

オペラの歌声が響く空間で、グラスを傾けながら会話を楽しむ人々。
一つひとつの料理がおいしいことはもちろん、飲み物までも驚くほど口当たりがよく、気づけば時間を忘れてしまいそうになります。
そこにあったのは、豪華な装飾や料理だけでは生まれない、心地よい活気でした。
料理を作る人、サービスをする人、そしてその時間を楽しむ人々。
それぞれの動きが自然に重なり合い、会場全体が一つの舞台のように感じられました。
「今度は、ここに一度泊まってみたい」
アフターパーティを楽しみながら、そんな思いが浮かびました。
今度は時間を気にせず、このホテルでゆっくりと過ごし、料理や空間、そしてアルプスの静けさまで味わってみたい。
泊まること、食べること、飲むこと。
ミシュランガイドが大切にしてきた旅の楽しみを、ほんのひととき体験したような夜でした。
著者について

ボロミエ利美|Limi Bolomier
Eat Well · Feel Well · Live Well 創設者・編集長
スイスを拠点に、日英バイリンガルメディア「Eat Well · Feel Well · Live Well(EFL)」を運営。ホテルやレストラン、食、旅、アート、ウェルビーイングを取材し、現地での体験や作り手との対話を通じて、訪れる価値や、その背景にある思いを伝えています。
飲食の現場経験とデジタルマーケティングの知見を生かし、食の魅力を多角的に発信しています。美容食マイスター。アロマセラピーやハーブを学んだ経験を生かしたレシピも発信。『セラピスト』『nina’s』への寄稿歴あり。
日々の暮らしの中で、心が豊かになるきっかけを届けています。




