ジュネーブ「Z’Oasis」で再発見する、日本の「余白」の美学
更新日:9月30日
一期一会の心から、施術後に静かに味わう一杯の日本茶まで。ジュネーブ旧市街の中心にあるZ’Oasisには、日本文化に着想を得た静かな時間が流れています。

写真提供:Z’Oasis
一期一会、侘び寂び、木漏れ日。
日本では、こうした言葉が文化の中に深く根づいているため、その意味をあらためて考える機会は少ないかもしれません。ところが、数千キロ離れたジュネーブでは、これらの感性が丁寧に読み解かれ、現代のウェルネスに取り入れられています。
その場所が、ジュネーブ旧市街のウェルネススパ「Z’Oasis」です。
Z’Oasisの物語は、京都への旅から始まりました。桜を楽しむはずだった旅で出合ったのは、思いがけない雪。その後、伝統的な旅館で茶の湯に触れたことが、現在のZ’Oasisへとつながっています。
ジュネーブ旧市街に息づく、日本の静けさ
Z’Oasisは、ジュネーブ旧市街の歴史ある街並みの中にあります。
石壁や古い木の扉など、建物がもともと持つ表情を残しながら、畳や和紙の照明、陶磁器といった日本の美意識に着想を得た要素を室内に取り入れています。それは、スイスに日本を再現しようとするものではなく、ジュネーブの歴史と、日本の静かな美意識が、ひとつの空間に共存していると言えるでしょう。
Z’Oasisが取り入れている日本の考え方のひとつが、不完全さや移ろい、簡素さに美を見いだす「侘び寂び」です。もうひとつは、木々の葉のあいだから差し込む日の光を表す「木漏れ日」。
建物が重ねてきた時間を隠すことなく生かす姿勢にも、こうした感性が表れています。
「一期一会」と日本茶

写真提供:Z’Oasis
Z’Oasisの理念の中心にあるのは、「一期一会」です。
日本の茶の湯と深く結びついたこの言葉には、人や場所、その瞬間との出合いは一度きりであるという意味が込められています。
マッサージやフェイシャルの後には、一人ひとりに合わせた日本茶を楽しむ15分間が設けられています。また、抹茶を使った茶の湯や、ティーソムリエが案内するテイスティングを通して、日本茶の文化に触れることもでき、施術と日本茶を組み合わせたプランも用意されています。
「Sunrise in Kyoto」は、マッサージまたはフェイシャルに、3種類の季節の日本茶のテイスティングを組み合わせたプランです。
2名向けの「Midnight in Tokyo」では、それぞれが施術と日本茶のテイスティングを楽しんだ後、最後に一杯のお茶と梅干しをともに味わいます。
お茶を味わうために時間を取り、目の前のひとときに静かに向き合う。その過ごし方に、「一期一会」の心が表れています。
指圧・あん摩・Kobido——ジュネーブで受ける、日本に着想を得たトリートメント

写真提供:Z’Oasis
日本とのつながりは、Z’Oasisの施術メニューにも見て取れます。
用意されているのは、指圧、あん摩、日本式アロマセラピー、Kobido(日本式フェイシャルマッサージ)など、日本の手法に着想を得たトリートメント。指圧では身体に圧を加え、あん摩では圧迫や揉みほぐし、ストレッチなどを組み合わせます。
フェイシャルは、Kobidoをはじめ、抹茶を取り入れた「Matcha Serenity Facial」、日本と韓国のスキンケア製品を使用する「Japanese Cosmo Facial」というラインナップです。
スイスで再発見する、日本の「余白」

写真提供:Z’Oasis
海外で日本文化に触れると、思いがけない気づきを得ることがあります。日本ではあまりにも身近な考え方が、異なる文化を通して捉え直されることで、まったく違って見えるのです。
一期一会。侘び寂び。木漏れ日。
これらの感性がジュネーブのウェルネスに取り入れられている姿は、心身を整えるために、必ずしも新しい何かを生活に加える必要はないと気づかせてくれます。
Z’Oasisが目を向けたのは、日本らしいものを並べることではなく、人が立ち止まるための「余白」でした。
ジュネーブ旧市街で静かに受け継がれている日本の感性は、私たちが忘れかけていた「余白」の価値を、あらためて思い出させてくれます。
住所 : Geneva Old Town
Rue de la Pelisserie 19
1204 Geneva, Switzerland
Z’Oasisでは、マッサージやフェイシャルのほか、日本茶や茶の湯、テイスティングも楽しめます。最新の施術メニュー、料金、営業時間、ご予約については、Z’Oasis公式サイトをご確認ください。
Editor’s Note
日本文化を取り入れた空間は、海外にも数多くあります。Z’Oasisで印象的なのは、意匠だけでなく、施術後の時間の使い方にまで、その考え方が貫かれていること。目に見える装飾よりも、時間の過ごし方にこそ、その場所の姿勢が表れるのかもしれません。




